彼  

2019年07月19日
 父親の農業は独特だった。
 
 ほとんど、彼のワンマン。
 
 とにかく彼の決めたことを、家族が黙ってやる。
 
 若い頃はそれでうまくいっていたが、祖父母、つまり彼の両親を亡くしてからは、明らかに精彩を欠いた。
 
 酒に溺れ、食事のたびに愚痴や不満をぶちまけた。 
 
 それは家中どこにいても聞こえてきて、彼が眠らない限り、大声による言葉の暴風は吹きやまなかった。
 
 毎日のように接していたから、分かる。
 
 彼はアル中だった。
 
 その日も彼は、仕事前に安酒で舌を濡らし、夢心地のままトラクターに乗り込んだのだろう。
 
 そして彼は、帰らぬ人となった。
 
 機械いじりの趣味があった彼の死後には、鉄屑の山と借金が残った。
 
 しかも、肝心のものを切らしていて、保険金を手にすることはできなかった。
 
 なんという、身勝手な死に方。
 
 祖父の残してくれた土地は手付かずだったけど、管理がいい加減すぎて、後が大変だった。
 
 それは、彼の功績だったはずの農業においても同じで。
 
 一応は筆者が跡を継ぐ形にはなったものの、彼のやり方を再現するのは無理だった。
 
 うちの礎を築いてくれた祖父とは、実に対照的。
 
 良いものは何も残さなかった。
 
 それが、彼。

 
 
 
スポンサーリンク
同じカテゴリー(家を守る)の記事
 工場から (2019-12-21 21:25)
 一つの社会現象 (2019-12-16 09:46)
 一般的なケースだと (2019-12-10 12:56)
 なぜ、逃げなかったのか (2019-11-28 22:25)
 田か、宅地か (2019-11-22 12:34)
 不可能の証明 (2019-11-19 15:34)
Posted by くろねこ  at 04:14 │家を守る