裏側

くろねこ

2019年10月15日 12:49

 災害で家を失うと、その場所に住めなくなるかもしれない。
 
 前の記事で、そう書いた。
 
 筆者も、ブログを書き始めた頃は知らなかったのだが。
 
 現行法では、家さえあれば、いつまでも借地上に住めるわけではない。
 
 どうやら、物理的限界があるらしい。
 
 物理的限界とは、普通に住んで、自然と老朽化していった終わりのことだ。
 
 どの家も、確実に人が住めない状態になる。
 
 普通の一戸建てなら、60年から80年。
 
 その、物理的限界を迎えてから、が問題で。
 
 災害のような不可抗力でも、借地に新しく家を建てることは、まず認められない。
 
 契約の期間が延びることを、たいていの貸主が嫌うからだ。
 
 法律上はそういう規定があるわけではない。
 
 理性的に考えて、という判断だと思われる。
 
 筆者も、この点は不合理ではないと考える。
 
 建て替えや、建て増しをしてまで住み続けるのは、貸主にとって迷惑。
 
 契約者本人が亡くなっていれば、なおさら。
 
 このブログでさんざん書いてきたように。
 
 借主が契約を履行する限り、貸主はほぼ何も口出しすることができない。
 
 だが、物理的限界からの対応に関しては、唯一、借主が主張を通すことができる。
 
 そしてまた、貸主の主張が通ってしまう。
 
 これは、災害時でも当てはまる理屈で。
 
 現状だと、庭で車中泊とか、仮設の小屋での寝泊まりくらいしか、道はない。
 
 土地を返すことを前提での一時的な生活については、拒否できないだけ。
 
 借主は、次の住まいが定まり次第、速やかに立ち退きしなければならない。
 
 引き続き住むことを望めば、貸主の同意を得る必要がある。
 
 大変な時だから、と同情してくれればいいが、ほとんど期待はできない。
 
 イニシアチブは、貸主にある。
 
 賃貸借関係の強い立場、弱い立場がもろに顕現化した形。
 
 今の法律が、地主や大家に偏ったものと言える、象徴的なシーンだ。
 
 この流れは、旧法ができた大正時代以前から変わらない。
 
 日本では、物理的限界を口実にして、一般人が立ち退きを要求できる。
 
 列島のどこかで火事や災害が起こるたび。
 
 テレビが映さない裏側で、もう一つの涙が流れているかもしれない。
 
 その想像力が、とても大事だと思う。
 
 

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